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 議員提出議案「生駒市立病院の指定管理者を再公募することを求める決議について」の反対討論

 議員提出議案第10号「生駒市立病院の指定管理者を再公募することを求める決議について」の反対討論をいたします。

 生駒市立病院の指定管理者に決まっている医療法人徳洲会を含む徳洲会グループの幹部職員が公職選挙法違反で逮捕・起訴されました。また、有力政治家が徳洲会グループから資金の不正供与を受けていたのではないかと追求されています。

 いかなる理由があろうとも、違法行為は許すことはできず、罪を犯した者はしかるべく法の裁きを受けるべきであります。

 そのことを前提としつつ、反対討論をいたします。

 先々週発行の「週刊金曜日」に次のような投稿文が掲載されました。短くわかりやすくするため趣旨を変えない範囲で一部を省略・書き直して引用します。

 ・・・・・私はかつて首都圏の保健所に勤めていた。あるとき、夫が入院中の女性から相談を受けた。「病院の主治医(しゅじい)にどのくらいのお礼を包めばいいのか」と言う。私は即座に「そんな必要はない」と答えた。女性が帰った後、そのことを同僚の保健師と助産師に話した。彼女たちは「謝礼が必要、常識だ」とし、「病気にもよるけど、五万か十万円くらいかしら」と言う。いずれも病院勤務の経験者だ。聞いていた管理栄養士の女性も話に加わり「うちの母のときは、20万円包んだ」という。「母の場合は早期がんを見つけてもらったから」だそうだ。・・・・・このような保健所職員の認識に驚いたことを思い出す。私の管轄地域にも徳洲会グループの病院があり、医療監視で立ち入った。病院内部、患者が見えるところに「二十四時間対応」「医療従事者への金品の贈り物、お断り」と明示してあった。このような張り紙を、他で見たことがない。〔徳洲会は〕良き創立理念を大切にして、ダーティーイメージを払拭してほしいと思う。

 以上が引用です。

 時間に関係なく人間を襲う病気や怪我の治療に「二十四時間対応」で当たる病院、「傷病で苦しむ弱みにつけこむがごとくにお礼を受け取る」ようなことは決してしない病院。かかる病院は当たり前の病院です。しかし、現在の日本において、このような当たり前の病院がいくつあるでしょうか。先ほど引用した「病院では謝礼が必要、常識だ」という話を踏まえると、「医は算術である」を実践している病院の方が多いというのが悲しく残念な実情です。

 そんな中にあって、「生命(いのち)だけは平等だ」の理念と「ナイチンゲール精神」を掲げ、病気や怪我に苦しむ人々に等しく手を差し伸べる医療を厳然と実践しているのが徳洲会病院であります。

 「生命(いのち)だけは平等だ」の理念と「ナイチンゲール精神」は人類普遍の理念・精神です。普遍というのは「当たり前」ということです。しかし、この「当たり前」のことを実践する、実践しようとする徳洲会病院に対して、さまざまな抵抗がありました。その抵抗をはね返すために政治力をつけようとした徳洲会グループ幹部職員の行動が、現在問題となっている公職選挙法違反行為や有力政治家への資金供与につながりました。

 「当たり前」のことを実現しようとして抵抗を受け、実践して抵抗を受ける。これは、日本の医療の分野のみならず、日本社会全体の不幸といえます。また、人類普遍の理念・精神を実現・実践せんとする者が違法行為をする。これもまた不幸といえます。今、生駒市はこのような2つの不幸に直面しています。

 この不幸に負けてしまうのか。乗り越えるのか。今、これが問われています。

 本決議をめぐる論議の焦点は、現在公職選挙法違反で徳洲会グループの幹部職員が逮捕・起訴され前理事長が取り調べを受けていることをもって直ちに、医療法人徳洲会の市立病院指定管理者の指定を取り消すのか、それとも、徳洲会を指定管理者とすることで市立病院の「病院経営」と「医療行為」に重大な支障・弊害が出ると判断できない以上、医療法人徳洲会の市立病院指定管理者の指定を取り消す必要はない、のいずれを選ぶのかということです。

 直面している不幸を乗り越えるには、後者を選ぶべきと考えます。その理由は次の2つです。

 1つは、徳洲会グループの66の病院をはじめとする総数280以上の医療施設は、とりまく政治状況がいかにあろうとも、人類普遍の、つまり当たり前の理念・精神である「生命(いのち)だけは平等だ」の理念と「ナイチンゲール精神」に基づく医療を日々力強く推進しており、かかる徳洲会グループこそ生駒市立病院の指定管理者に相応しいことは今もなんら変わらないこと。

 もう1つは、現在、徳洲会グループ内部では、今回の残念な事態を反省し、再び指弾されるような政治的不正行為が起こらないような体制を構築するための改革が進行しており、「病院経営」と「医療行為」以外の面においても市民の期待に背くことのない医療グループに生まれ変わろうとしていること、です。

 今も昔も、洋の東西を問わず、病院建設はなぜ最大の政治課題の1つとなるのでしょうか?

 19世紀から20世紀初頭に活躍して、白血病を発見し、公衆衛生改善に尽くしたドイツの医師・病理学者でビスマルクのライバル政治家であったルドルフ・ウィルヒョーは「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」と言っています。また、現在ヨーロッパを代表する、今世界で最も注目されている知識人の1人であるイタリアの哲学者アントニオ・ネグリは「もっと人間的な病院を組織することは新しい民主主義のモデルを考えていくことになる」と言っています。このネグリの言葉を踏まえれば、人間的な病院を作ることは民主主義を構築していくことでもあります。

 前回の指定管理者募集において、応募者側にとって比較的有利な条件であったにもかかわず、徳洲会以外に応募はありませんでした。必ずしも容易ではない公立病院経営を行う自信と、先に述べたような「当たり前」のことを実践する病院作りを行う自信、この2つの自信を併せ持つ病院が徳洲会以外にはなかったということです。もし、指定管理者を再募集してもそれは変わらないでしょう。

 再募集は、応募がなく病院開設が不可能となる重大なリスクを招くことになります。指定管理者の見直し・再募集は、徳洲会を指定管理者とすることで市立病院の「病院経営」と「医療行為」に重大な支障・弊害が出ると判断せざるを得ない事態が生じたときに行うべきであり、今はそのときではありません。

 以上より結論すれば、市立病院の指定管理者を直ちに見直し、再公募せよとの本決議は、直面する2つの不幸を乗り越えて強固な地域医療体制と共に民主主義をも構築していく道を閉ざすものであります。よって、本決議に反対します。

 議員各位におかれましては、以上の反対討論をご理解いただき、本議案に反対していただきますようにお願いいたします。

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