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「チーム学校運営の推進等に関する法律の早期制定を求める意見書」についての反対討論(16.10.7)     

 

 「チーム学校」という語句は「チームワーク」や「協力・共同」といったイメージ・連想をもたらしますが、それとは裏腹に、「チーム学校運営の推進等に関する法律」(以下、チーム学校法と略します)には3つの問題点があります。

 

 1つ目は、条文の中に「校長の監督の下に」ということが複数回述べられており、「校長に対する必要な権限の付与」にも言及されているように、この法律は、上意下達式の学校管理・教職員管理の強化が進み教職員個人及び教員集団のエンパワーメント(自発的な力)の低下が進む現状を更に悪化させるものになっています。

 

 2つ目は、条文の中に「事務職員がより重要な役割を担う」ということが述べられており、本来教員がやらねばならない仕事まで引き受けさせられるなどして事務職員の労働強化を進め、それを起因とする教員との軋轢を引き起こすおそれをもたらすものになっています。

 

 3つ目は、条文の中に「教職員と専門的知識等を有する者とが・・・・・校務を分担して」とか「教職員等(教職員と専門的知識等を有する者)の適切な役割分担」ということが述べられており、教員が全面的に生徒とかかわることを否定し、教育の分業化を進めるものになっています。分業化は大量のモノづくりのときに行うものであり、モノのようには分解できない人間の育成をはかる教育に分業が持ち込まれれば児童生徒の人格を分裂させ壊してしまいます。

 

 この3つ目の問題点を更に詳しく述べます。

 

 さて、学校教育法は、小中学校には「校長、教頭、教諭、養護教諭及び事務職員を置かなければならない。」とし、学校図書館法は「学校には、・・・・・学校司書を置くよう努めなければならない。」としています。つまり、学校教育を進める上で必ず必要なものは、法令で明確にその職務が規定された校長・教頭という管理職、教諭、養護教諭、事務職員及び学校司書という教職員です。

 

 学校教育を進める上で必ず必要な職務は、それが何なのかを明らかにしている学校教育法・学校図書館法を改正して置くべきです。しかし、チーム学校法は、学校教育法・学校図書館法を改正することなく、正規なのか非正規なのか、常勤なのか非常勤なのか、職務内容は何か、どんな資格を持っているのか持っていないのか、などが不明瞭な単に「心理、福祉等に関する専門的知識を有する者その他の専門的知識等を有する者」とされる「専門的知識等を有する者」と称するものに学校教育を委ねようとしています。このことについて、学校現場からは混乱・弊害・教育力低下等をもたらすとの声が上がっています。

 

 「専門的知識等を有する者」とは、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等が想定されているようですが、文部科学省初等中等教育局が平成20年12月に出した「スクールソーシャルワーカー 活動実践事例集」には、「専門的知識等を有する者」を学校におくことの弊害を、次のように指摘しています。

 

 スクールソーシャルワーカーが問題行動を示す児童生徒や保護者に必ず会いに行くわけでもない。児童生徒や保護者への面接は、信頼関係のできた教師の方が効果的な場合も少なくない。スクールカウンセラーの活動においては、守秘義務を強調し過ぎるあまりに、校内で情報の共有が不十分で、いろいろ課題となる場合もある。スクールソーシャルワーカーにおいても、不用意に情報を漏らしてはならないことは当然であり、スクールカウンセラーと同じようなジレンマを持つ場合もある。スクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーの両者の基本的な違いは、人の心理に焦点を当て個人の変容を目的とするアプローチと、人と環境との関係に焦点を当てるエコロジカルな視点にあるといえるが、対人援助という近接領域であるがゆえに、個々の活動においては重なる部分が少なくないといえる。したがって、役割が曖昧になってくる場面が想定される。その場合には、スクールカウンセラーとスクールソーシャルワーカーとの間にコンフリクト(引用者注:対立・葛藤・衝突)の状態が生じ、子どもたちにとってマイナスの影響が生じることが懸念される。

 

 以上のような「スクールソーシャルワーカー 活動実践事例集」の指摘を踏まえて、「専門的知識等を有する者」を学校に置くことの弊害をまとめると次のようになります。

 

 1つは、家庭訪問等も行って児童生徒の家庭状況や保護者のことをよく理解し、児童生徒との信頼関係をより強く築くことのできる教員こそ効果的な教育活動ができるのであり、「専門的知識等を有する者」にそれを委ねるのは教員に任務を放棄させ学校教育力を低下させることになる。

 

2つは、「専門的知識等を有する者」には守秘義務が課せられている場合が多く、児童生徒が「専門的知識等を有する者」と相談したということやその相談内容という児童生徒にかかる最重要情報を担任教諭が知らなかったという、ときには児童生徒の生命にもかかわる絶対にあってはならない事態が生じる危険性が高いこと(守秘義務盾に学校といじめ情報共有拒むカウンセラーは不要 !ご参照)。

 

 3つは、複数の「専門的知識等を有する者」が児童生徒にかかわった場合、コンフリクト(対立・葛藤・衝突)状態が発生し、これに教職員も加わると、コンフリクト状態は最悪となり、それにより児童生徒は人格を分裂させられ、ときにはつぶされてしまう事態が生じる危険性が高いこと。その危険性を回避しようとすれば、そのための調整は教員がしなければならず、それだけで教員は疲労困憊し、最悪は教員もまたつぶれてしまう。

 

 「専門的知識等を有する者」を学校におくこと、つまり教育の分業化の弊害は以上です。

 

 児童生徒が担任教諭に何らかの相談をしに来たとき、「先生は忙しいから、心の相談はスクールカウンセラーの先生のところに、家が貧しくて生活が苦しいことやいじめの悩みはスクールソーシャルワーカーの先生のところに行って相談してね。勉強のことなら、先生が聞くけど。」などといったらどうなるでしょう。児童生徒は、救いを求めた先生に見捨てられたとショックを受けてつぶれます。児童生徒が担任教諭に何らかの相談をしにくるときは必死の思いでやってきます。担任教諭がやるべきことは、その思いを全身で受け止め、その児童生徒と全面的にかかわって悩みを聞き、その解決の道を全力で考え実践することです。確かに、教諭には「専門的知識等を有する者」のようには「専門的な知識又は技能」はないかもしれません。しかし、「専門的な知識又は技能」は、担任教諭のような相談相手を持たない大学生や大人の相談にはなくてはならないものですが、児童生徒にとって最も大切なのは「専門的な知識又は技能」ではなく、児童生徒の苦しみを全身で受け止め、その解決に向けて必死で努力する担任教諭の態度・姿です。

 

 「共感は、内容についてではなく、その内容を発する存在の震えにこそ向かう。」という社会心理学的論説があります。つまり、他者の共感が得られるか否かは、何を言うかではなく、どのような態度・姿勢でそれを言うかによって決まる、ということです。児童生徒が担任教諭に何らかの相談をしたとき、担任教諭が児童生徒をどんなことがあっても見捨てない守っていくという態度・姿勢で応じるとき、児童生徒は自己の存在価値の確信を獲得して、悩み苦しみを乗り越えていく力を形成していきます。

 

 また、「人には、自分がだれかから見られているということを意識することによってはじめて、自分の行動をなしうる。」という発達心理学的論説もあります。つまり、公園で幼子が、離れた場所で母親が見守っていてくれているのを確かめてようやく遊びに没頭できるように、児童生徒は、常勤常駐の信頼できる教職員が見守っていてくれているのを見て自己の存在価値の確信を獲得できてようやく安心して楽しく学校生活を送ることができるのです。かかる見守りは「専門的知識等を有する者」にはできません。「専門的知識等を有する者」は、大きな災害や事故が地域や学校を襲ったときなど教職員だけではやっていけなくなった場合が出番です。

 

 以上のように、チーム学校法は、管理職による学校管理体制の更なる強化を進め、事務職員と教員と連携を薄めさせ、教員の生徒とのかかわりを更に弱めさせ、教職員個人及び教職員集団の力の更なる低下を促進させるものとなっています。チーム学校法は、チームワークで教育力を向上させるとのイメージ・連想とは逆に、教職員のチームワークを弱めさせ、教育力を低下させるものです。

 

 この法案の提出理由は、「学校が直面する諸課題が複雑化している」からということですが、複雑化する諸課題の解決の道は、学校に「専門的知識等を有する者」を配置するのではなく、生徒・保護者・その家庭のことを深く理解できる常勤常駐の教員を加増することで教職員個人及び教職員集団のエンパワーメントを増大させることです。

 

 常勤常駐の教員を加増することは相応の財政出動が必要ですが、財務省からの教員大幅削減の圧力「ご参照1.pdfご参照2.pdf)に屈し、教員加増の代替策として学校教育法で規定しない不明瞭・不安定な「専門的知識等を有する者」(注1)を学校に置くという財政出動を低く抑えることが出来る策をとることは、教育効果がないどころか、かえって学校教育に混乱・弊害・教育力低下等をもたらします。

  (注1)中央教育審議会は2015年12月、スクールカウンセラー・スクールソーシャルワーカーについて、「学校等において必要とされる標準的な職」として職務内容などを法令で位置付けることを検討するよう答申したものの、法令での位置付けはなされていない。

 振り返ると戦後の学校教育制度の歴史は、現場教職員の意見・要望には応えずに、逆に現場教職員の反対する制度が実施されてきた歴史でした。教頭法制化から始まり、主任制導入・教員評価制度導入・非管理職教員階級制導入・全国学力テスト実施・教員免許更新制導入・民間人校長制導入・教育基本法改変・職員会議の形骸化・教員多忙化政策・学校間競争強制・教科書採択権の教員からの剥奪・校内人事選挙制の剥奪・学習指導要領改変と教科書検定による教科指導拘束などなど。そのような歴史の中で、教職員の力、学校の教育力は低下してきました(注2)。こうして、現場教職員を苦しめる諸制度の実施に抗あらがいながら教育活動を進める教職員の努力にもかかわらず学校の荒廃を食い止めることができていません。それを考えると、今以上に教育現場を苦しめ、学校教育を荒廃させないようにするためチーム学校法を制定してはなりません。

  (注2)学校教育力の低下をもたらしている制度・法律等ご参照

 

 「いじめ防止対策推進法」の施行から3年経過した今、その見直しが行なわれています。それについての昨日の朝日新聞に掲載された馳前文部科学大臣のインタビュー記事を抜粋引用すると前大臣は次のように述べています。

 

 視察のたびに「いじめ防止対策推進法を知っていますか?」「読みましたか?」と聞いてきたが「えっ」という答えがほとんど。教育委員会も、校長も、教職員も「よく読んでいます」という答えを聞いたことがない。・・・・・いじめの認知件数が増えている・・・・・。今後、必要なのは・・・・・教員の数を増やしたりしていくこと・・・・・。

 

 前大臣は文部科学大臣を辞めたからか、いじめ解消にはチーム学校法が必要とは言わず、財務省の意に反する教員数増が必要と述べています。

 

 また、前大臣によれば、いじめ防止対策推進法はいじめ認知件数減少につながっていないし、そもそも教育現場ではあまり読まれてさえいないとのことです。なぜこうなるのか。それは、この法律が、チームワークを発揮して、いじめなど起こりようがない学校を実現・維持している現場教職員の意見に基づいてつくられていないがゆえにいじめ解消に有効なものではないからです。幸い、「いじめ防止対策推進法」の場合は教育現場ではほとんど無視されているため弊害は生じていないようですが(注3)、現場教職員が反対するチーム学校法が制定され強制実施されれば、学校教育に混乱・弊害・教育力低下等をもたらすでしょう。

  (注3)無視されているので弊害は生じていないだけで、正しくは「いじめ防止対策推進法」は、有効性がないだけてなく、かえっていじめ問題解決を遠ざける.pdfです。この反対討論後の新聞報道によれば、無視されている状態を止めさせるために「懲戒をちらつかせて強制」しようという動きが出てきました。このように、いじめ防止対策推進法が強制されれば、更に教育荒廃(=現場教員への抑圧による教育力の低下)が進むことになります(管理職と教員の階級制ご参照)。

 

  以上の理由によりチーム学校法の制定に反対すべきであることから、この法律の早期制定を求める本意見書に反対いたします。

 

 

 

 

 

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